五臓六腑の語源

最近は結構、東洋医学ブーム(?)なのでご存じの方もいるかもしれませが、東洋医学には五行というものがあります。

木・火・土・金・水の五つのものを指すのですが、世の中の全てのものはこの五つに分類されるのです。

人間の臓腑も例にもれず、

五行
五臓
五腑 小腸 大腸 膀胱

といったように分類されます。


このままでは五臓五腑です。

しかし、腎の臓は左右二つあり六臓になってしまうので、腑の方に「三焦」というものを足しました。

三焦とは、名のみありて形なし、と言われるよくわからないものです。(←さすが東洋医学)


これで、五臓六腑の完成です。


 しかーし!

今度は三焦に対するものが必要となってくるのです。

そして、「心包」というものを作りました。


こうして私たち東洋医学従事者は六臓六腑を駆使する事になったのです。


ちなみに、心包と三焦は相火といって、心(君火)の補佐的な役所に落ち着いています。


江戸から明治にかけて西洋文化が一気に日本に入ってきました。

その時一緒に西洋医学も入ってきた訳ですが、この時、日本の医学者が西洋医学の解剖学を日本語に訳した際、東洋医学で使っていた臓腑の名前をあてたのです。

これが誤解を生む元となりました。

東洋医学と西洋医学では根本的に考え方が異なる為、同じ名称を使ってはならなかったのです。


 東洋医学では機能的なものを指し、

 西洋医学では物質的なものを指します。


私たち東洋医学従事者はよく、「腎が弱い」なんていいますが、これは腎臓が弱いという意味ではないのです。


そして、腎が弱っている場合には、鍼や灸にて腎を強める為に経穴(ツボ)選び施術します。

腎が弱っている為に体調を崩していた人は、これで回復するのです。


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